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治療と予防法



  痛めた時の対処

 ピアノを弾いている最中にもしも手が痛んだら、いったん練習を止めて様子を見ましょう。手がだるくて疲れているようであれば休憩中にリラックスを心がけると効果的ですし、すぐに弾かなければならない場合は薬局で売られている湿布を貼ったり、湿布剤の入った軟膏やスプレー式の薬を使うといいでしょう。これらは飲む薬(内服薬)に対して外用薬と呼ばれますが、炎症を抑える薬剤が含まれており、炎症の急性期には効果を発揮します。

 手を痛めても長く練習を休む必要はありません。痛めた原因が上述のテクニックにあるのなら、他のテクニックの練習に代えればいいのです。ショパンやリストなどの幅広い和音が続出する曲で痛めたら、モーツァルトやベートーヴェンなどの古典的な作品を練習してみると効果的ですし、もっと単純なエチュードから弾きやすい曲を選んでもいいでしょう。ピアノのキーが重ければ軽いピアノやキーボードで一時的に練習するのも一法です。もちろん、電子キーボードでは音作りの練習はできませんから、一時的に指使いの練習をすると割り切って、痛みが治まったら本来のピアノに戻ればいいのです。

 日本の家屋は吸音性が高いのに加え、多くの方が部屋を防音されていますから、強く打鍵しても思うような大音量が出ない(奏者に聴こえない)ことが多く、こうした環境も手に無理を強いる原因になっています。この点をわきまえて、無理な練習を続けないことも大切なことです。


 腱鞘炎に手術は不要


 腱鞘炎の治療は、手術しないで治すことが原則です。手術というのは、どんな小さな手術でも生まれ持った体の構造を変えることなのですから、特に音楽家のように手の繊細な動きが問題となる場合は極力避けるべきです。最近は腱鞘内注射による治療が見直され、音楽家以外の一般の患者さんであっても、ほとんど手術なしで治すことができるようになりました。

 筋肉痛も付着部炎も同様で、手術による治療はほとんど必要ありません。

 私自身、20年以上も音楽家の手を治療してきましたが、手術まで必要だった例はほとんどありません。多くの方が短期間で治っていますので、ピアニストの皆さんもむやみに腱鞘炎を恐れる必要はないのです。腱鞘炎が完治したピアニストの方から「一度治っても再発するのではないか」という質問を受けますが、一度手を痛めた経験のある人は手のケアに注意を払いますから、多くは再発もなく元気に弾いていらっしゃいます。

その活躍ぶりは、病院宛に送られてくる演奏会の招待状でよくわかります。

 

「どこにかかるか」より「どう予防するか」へ

 ピアノを弾いて手が痛んでなかなか治らなかったら、整形外科もしくは手の外科のお医者さんの診察を受けることを薦めます。関節リウマチなど、陰に根強い病気が隠れていることがあるからです。

 しかし純然たる弾き過ぎによる手の故障、いわゆるオーヴァーユース障害の場合は、「どこにかかるか」「どう治療してもらうか」よりも、「どう自分で対処するか」「どう予防するか」を考えるべきだと私は思います。

 弾き過ぎによって手を痛めた場合、楽器以外の動作で支障が出ることはあまりありません。楽器演奏の時だけに痛みが出る、障害が出るというのであれば、演奏という行為のために何らかの工夫をすれば、障害の予防ができるはずです。

 「工夫」のターゲットは上述したように、ピアニストの手の痛みの大部分が筋肉にかかわる炎症なのですから、筋肉をどうケアすればいいか、という問題になってきます。「工夫」の中には筋肉のストレッチ、筋力の増強、筋肉のリラクゼーションなど、様々のものが考えられますが、その多くはわざわざ病院に出向かなくても、家庭でピアノを前にした状態で、できるはずです。

 今回の特集では様々な「工夫」が紹介されると思いますが、これらを通じて、ピアノを愛する皆さんが安心して毎日練習できるようになっていただきたいと思います。

 もちろん、望まれれば医師として治療はしますが、最終的にはピアノによる手の故障の予防法が確立し、誰もが手を痛めずに練習を楽しめるようになれば、私の音楽家専門外来にわざわざいらっしゃる必要もなくなるでしょう。

 そうなれば演奏家も手の障害をおそれることなく存分に練習ができます。

こうした日が来ることが私の究極の目的ですが、これは必ず実現できると信じています。